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久々に、日本の高齢者ケアに関する疑問・・・。

「高齢者ケア」とは、要は、「介護」の事なんだけれど・・・。

でも、やはり、福ちゃんには、「介護」って言葉は好きではなく、今後は、「高齢者ケア」にしようと思っている。

昨日の福ちゃんは、隣県の歯医者に行き、かなり疲れ、本日は、昼前まで眠っていた。

まだまだ、寝足りない!って感じではあったが、お猿の行っている施設からの電話で起きた。

寝起きの時って、左脳が働いていないから、遠慮無く、言いたいことが言える。で、言った後も、「う~ん」「何を言ったんだっけ?」って事にもなる。アハハハハ。

で、今朝は、お猿の食事の件。

ひと月前には、お猿の主治医から許可があれば、施設でも、口からの食事を検討するって話だった。

口からの食事と言っても、お猿の食べれる物を一口、二口の話・・・。

お猿の主治医からは許可があり、その旨を施設には伝えた。

が、全く、お猿に食べさせている様子も無く・・・。

「一体、何の為のPEG(胃ろう)なんだ?」「お前ら(この場合、施設の皆さん)のケアを軽減する為に、お猿がPEGとなっている訳ではないんだよ!」と、福ちゃんは、多少、「豊田真由子さん」の気配。

で、今朝は、お猿の歯磨きセットが荷物に無かったって事で、ケアマネから電話があった。

が、施設で何も食べていないお猿に、歯磨きしても?って疑問もあり・・・。

福ちゃんの言い分は、歯磨きの懸念よりも、一口でも、二口でも、お猿口から、何か食べさせろよ!って事。

なので、「豊田真由子さん」にならない様、ハハハ、穏やかに、でも、言いたい事を伝えた。

相変わらず、施設側は、ヌルヌルと、ウナギの様に逃げる態度・・・。

お猿は、普通に食べられるし、そもそも、PEGの目的は、誤嚥防止が主な理由ではなく、食事量の少ないお猿に対する措置だった訳だし。

結局、日本で、PEGが、「延命の手段」だと言われているのは、施設の対応なんだろうなぁと感じた。

食べられる人間が、PEG造設となれば、遠慮なく、施設の食事介助の手間を省けるって事で、何もしようとしない。

努力の「ど」の字もないんだよねぇ。

そんな意識改革をする気もなく、「PEGをした時点で、延命でしょ?」「それなのに、何で、口から食べさせるの?」って態度。

いつも思うけど、日本の施設とか、高齢者ケアって、医療と密着し過ぎていると感じる。

なので、結果として、医療費が膨らむ訳だろうし・・・。

全ての中心が、看護師であったり、元看護師であったり・・・。

アメリカでSocial Workを学んだ福ちゃんには、そんな現場に、とても危機感を感じる。

言い方が悪いけれど、Nurse(看護師)は、Nurseでしかなく、Nurseとしての見方しか出来ない訳だから。

何かあれば、直ぐに、「ナースに相談してみます・・・」って言葉も聞き飽きた。

お猿を病院に預けている訳ではないのだし・・・。

結果として、日本のケア現場での「力関係」も、めっちゃ気になる。要は、多少、知識のあるNurseが中心となり、バランスが悪過ぎるって事。

いつも思うけど、何で、日本の社会には、Social Workersがいなんだ?と思う。

日本でのケアマネは、Social Workerでは全く無いし、日本のSocial Workerも、ケアマネみたいな機能でしかないし・・・。

お猿の様なケースには、どう考えても、Social Workerの介入が必要だと思うけど・・・。

結局、福ちゃん自身が、我が家のケースで、Social Workerの役割も果たしている・・・って事なんだろうか・・・と、思ったりもするが。

話しが逸れてしまったけれど・・・。

福ちゃんが、このブログで書きたかった事は、日本って、PEGに対する意識や、PEGの目的や、使い方が、かなり間違っているのでは?と感じる事が多いって事。

今の施設を利用して、かなりそう感じる様になった。

PEGとなれば、口からの食事は必要ありませんねって意識。

プラス、施設利用料金でも、PEGの場合、食費は請求されない。その分、「食事は必要のない人」として扱われるって意味なんだろうけれど・・・。

人間とは、僅かでも、微量であっても、口から、食べ物を摂取出来るから、人間として機能出来る訳であり・・・。

と、福ちゃんは、個人的に思っている。

プラス、食べる食べないに関係無く、僅かでも、食べたいって気持ちがあれば、それは、生きたいって気持ちだとも思っている。

福ちゃんは、お猿のPEGを決断する上で、長期間、そんな点から、判断を続けた。

食べたい欲求も無く、意識的に、つばを飲み込む事も無く、行動として、口から全く食べられない状態でのPEGは、延命だと思う。

食べてはいけないので、食べない・・・ってのは、全く違う話だし。

で、日本で問題なのは、先にも書いたけれど、「PEGだから、口から食べなくても良いでしょ・・・」って思い込みや意識だと、福ちゃんは、お猿のPEG後、とても危険だなぁと感じている。

それは、在宅でも、施設でも、同じだと感じる。

また、PEGが良い、悪いって事では全く無く、でも、PEGをしても、それは、補助的な物に過ぎないって意識が無い限り、世間の言う「延命」的な使い方になってしまう気がする。

お猿の場合も、PEGのオペ前の話し合いで、PEGとなっても、STを付けての食事(口から)等、口からの併用が可能だとの判断で、PEGの許可を得た。

で、PEG後、施設を利用すれば、PEG前の「話し合い」「検討会」での論点も完全に無視され、施設側の都合で、施設側の手間を省く為のツールでしかなくなり・・・。

なので、福ちゃんの思いは、「お前ら(この場合も、施設の皆さん)の都合に合わせた、お猿のPEGではないんだよ!」「お前らの手間を省く為に、お猿のPEGを利用するな!」って事になるんだよね。

福ちゃんの中に、「豊田真由子さん」が沸々と沸き始めている・・・って状態。ハハハ。

PEGとなっても、人間は人間・・・。

年齢や、状態に関係無く、「大切な存在」として、尊重され、扱われるってのが、「福祉国家」だと、福ちゃんは思うけれど。

とは言え、「福祉国家」を目指しながら、半ばで、Artificial(アーティフィシャル)な物に委ねている 「AI国家」化している日本を感じ、福ちゃんは、「お猿だけは・・・」「猿だけど・・・」「でも、人間らしく・・・」と、施設でのケアではなく、福ちゃん自身が自ら携われる在宅でのケアを続けたいと思っている。

「ケア」とは、「手入れ」である訳だし・・・。

「面倒臭い!」とか、「手間!」とか、手抜きであれば、「本来のケア」は成り立たない訳だから・・・。

日本で、「「ケア」ではなく、「介護」と言っているのは、な~んとなく、ケアをする側に、「面倒」って意識があるから・・・なんだろうなぁと、最近の福ちゃんは感じている。

同じ意味合いで使っている言葉でも、言葉が違えば、その違いに、「概念」「思い」は、反映するものだし。

プラス、高齢者のケアだけではなく、多くの場面で、日本では、他の国よりも、「人間は、皆、大切な存在!」だって意識が感じられない気がし、福ちゃんは、「何だかなぁぁぁ」と溜息だなぁ。

とは言え、人生は、「バランス」だから、昨日も、「あ~ぁぁぁ」「こんな人にお世話になって、有難いなぁ」と感じる事も色々とあった。えへ。

続きは、次回に・・・。
福ちゃん
Posted by福ちゃん